ゲゲゲの女房(NHK)を観ていると、実際はどうだったのか気になります。
大まかな流れは事実のようです。
「ゼタ」という雑誌がでてきます。
神戸でアパート経営(水木荘)をしながら紙芝居を描いていた水木氏(本名、武良茂)は、東京に出て貸本マンガを描いていました。
水木という名前は本名の武良(むら)を覚えてもらえず、水木さんと呼ばれていたことに由来するそうです。
見合いからわずが5日で結婚。
極貧に喘ぎながら、「ガロ」で雑誌デビューを果たします。
そのガロがゼタとなってドラマに出てきているのですが、ゼタのロゴの下を隠すとガロになるというもの。
なかなかシャレています。
ガロは白土三平のカムイ伝をメインとした雑誌で、ドラマ中には赤土四郎として出てきました。
「週刊少年ランド」は講談社「少年マガジン」です。
ここで水木氏は人気漫画家になっていくのですが、それにはちょっとした裏話があります。
ドラマ中にも出てきますが、既に手塚治虫氏は人気漫画家でした。
少年マガジンは手塚先生の連載はなく、切望してやっと連載がスタートしたのですが・・・
同時にアニメ「宇宙少年ソラン」の漫画化したものが少年マガジンで連載開始となったのです。
手塚先生のマンガはW3(ワンダースリー)で、当初はリスのキャラだったため、ソランのチャッピー(リス)との競合を嫌い(手塚先生は真似されたと思っていたとか)6回の連載で降板、W3はキャラを変更しライバル誌の「少年サンデー」で連載・完結しました。
これが「W3事件」です。
その後講談社と手塚先生は絶縁状態が9年も続くことになります。
少年マガジンは劇画路線を打ち出し、結果、さいとうたかお氏や水木しげる氏を世に送り出すことになりました。
手塚先生が連載を止めたおかげかもしれません。
水木氏は大正11年(1922年)3月8日生まれ、手塚氏は昭和3年(1928)11月3日生まれですから、水木氏の方がずっと年嵩ですが。
「ゲゲゲの鬼太郎」が有名ですが、アニメ化時に貸本時代の「墓場の鬼太郎」からタイトルを変更してスポンサーからOKが出たそうです。
ゲゲゲというのは、水木氏が小さい頃に自分の「しげる」がちゃんと言えず、「げげる」と言っていて、あだ名が「ゲゲ」だったことに由来します。
だから正確には「ゲゲルの女房」かもしれませんね。